政治学者 高橋 肇のブログサイト。 政治学を中心とした学術的なテーマを掲載。 その他のテーマは、たかはしはじめ日記へ。

 

Hajime TAKAHASHI's Politics

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Posted on 21:47:22 «Edit»
2007
07/20
Fri
Category:コミュニケーション

「コピー&ペースト=レポート?」の時代 

学生のレポートを採点していてブラックな気分になった。

似たようなレポートが続出するのだ。段落まるごと一字一句まったく違わないなんていうのはざらにある。中には、レポート全体が最初から最後までまったく同一なんてのもある。違うのは、学籍番号と名前と書式(手書きの場合は字体)だけだったりする。本文はまったく一緒なのである。

たとえば今回のレポート課題【その4】を例にしてみよう。
とにかく同じパターンの文章がやたらと出てくる。友達同士で写したのかと言うとそうでもない。
レポートのテーマに合いそうな文章をインターネットで検索するのである。いいのが見つかるとそれをワープロソフトにコピー&ペーストし、必要な部分と要らない部分を取捨選択して、編集する。適度な長さとまとまりを持った文章に仕立てあげ、レポートタイトル、学科学年、学籍番号、氏名を記入し、これをプリントアウトすれば提出レポートの完成である。いやはや便利な時代になったものだ。。。。

と、感心しているわけにはいかないのである。

たとえば、今回のレポート【その4】提出者の半数以上が次の二つのサイトを丸写ししている。
「帝国は本来的にコスモポリタン」
「ローマ型の帝国と中国型の帝国」

探すのは簡単である。学生は、レポートの表題をそのまま検索すればよい。「帝国とは何か」で検索する。すると同名の書籍以外に、使えそうな文章がありそうなサイトがすぐ見つかる。ワープロソフトにコピー&ペーストし。。。一気にレポートが完成する。時間にして早い人ならプリントアウトまで10分かからないだろう。

さて、教員の側はどう探すのか。これも簡単である。
テキストにはない文章で、数名のレポートに頻繁に出てくる「言い回し」で、通常は同時に数名が使うなんてことはありえないような特徴的な「言い回し」を検索してみればよい。ここでは、次の用語をyahoo検索にかけた。検索結果は次のとおりである。
「帝国は本来的にコスモポリタン」の検索結果
「ローマ型の帝国と中国型の帝国」の検索結果


学生がパクるサイトはだいたい共通してくる。似たような検索エンジンで検索しているのだからある意味、当然である。

コピー&ペーストが常態化した学生の思考能力はこうして低下し、麻痺していく。そして、多くの教員はそれを知らない。ことは重大である。


大学3~4年生になってまともなレポート一つ書けないまま、シューカツ(就職活動)が忙しいなどと言っている暇は無いのである。


たとえば企業に就職した先輩が、他社のサイトからそのままコピー&ペーストした企画書を提出したりしていようものなら、後輩のシューカツに悪影響が出るかもしれない。

と、冗談を言っていてもしょうがないので、問題点を整理したい。



1)「コピー&ペースト=レポート」が通用すると思い込んでいる
2)学生の多くは「レポートの書き方の基本を知らない」
3)オリジナルな思考を行う能力を向上させる術を知らない可能性がある
4)新しい知を生み出すことができない=「コピー人間が氾濫する」



1)「コピー&ペースト=レポート」が通用すると思い込んでいる⇔「レポートは、自分の見解をまとめるものである」

コピー&ペースト(切り貼り)してもよいのである。問題は切り貼りだけで全体を構成していること、および、切り貼りであることが明示されていないことにある。
他人の書いた文章をあたかも自分が書いたものとして提出すれば、著作権の侵害となる。レポートで得る利益はせいぜい単位くらいだから、損害賠償請求されることはまずありえないだろうが。だいたい、オリジナルの著作者は利用されたことすら把握しようがないだろう。教員が暴露すれば別だが。。。
学術的な「引用」には、「引用のルール」がある。パクリはいけない。


2)学生の多くは「レポートの書き方の基本を知らない」⇔レポートの書き方を「誰かが教えなければならない」

レポートの書き方はかつては自学自習したものだが、いまどきはそういうことにエネルギーを費やす動機づけが薄れているのかもしれない。なにせインターネットで検索すれば格好の素材が転がっているのだから。あるいは、単位を効率的に取得する目的のためには、そこまで必要とされていないのかもしれない。教員にはばれないだろうと高をくくっているかもしれない。
大学を挙げて1年生向けにレポートの書き方講座でもやって欲しいところだが、それを待っているわけにもいかない。
とりあえず、レポート作成の最低限のルールを守っていないレポートには点をやらなければよい。安易なレポート作成者ほど効率的な単位取得が目的なのだろうから、レポート作成のルールを守っていないものには点数(単位)を与えなければよいのだ。
ということで、とりあえず来学期からのレポート作成のルールと採点基準を決めてみた。暫定的に作ってみたものなので、今後修正の可能性がある。
注:今学期にはこの基準は適用しないので(適用したら9割の学生が0~2点になってしまう)、今学期の受講生は安心してよい。


3)オリジナルな思考を行う能力を向上させる術を知らない可能性がある⇔大学はオリジナルな思考を行う能力を向上させるところである

授業でも受講生の思考との対話を心がけたいのであるが、オリジナルな思考をする能力がどうやら未成熟のようだ。提出されるレポートからそのように判断せざるを得ない。すべてがテキストからの引用である(もちろん「引用符」は付いてない。。汗)場合も含めて、レポート作成時にオリジナルな思考をしていると推定できる学生は、レポート提出者の2割くらいである。


4)新しい知を生み出すことができない=「コピー人間が氾濫する」

レポート採点のたびに、数種類のパターン化された個性のまったく感じられない「コピー」を連続して読まされるのは非常につらい体験である。要するにまったく楽しくない。おもしろくない。いや、うんざりする。毎日がレポート採点の日々のような、そんな世の中には絶対にしたくない。


ということで、来学期からレポート作成のルールを厳格にします。以上のような次第なのでご理解とご協力のほど、どうぞよろしく。
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