政治学者 高橋 肇のブログサイト。 政治学を中心とした学術的なテーマを掲載。 その他のテーマは、たかはしはじめ日記へ。

 

Hajime TAKAHASHI's Politics

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2007
12/04
Tue
Category:政治学B(中京/2007秋)

政治学B(第10回/2007秋) 

第10回(11/27)

国民国家体制と立憲制度
論点(第5回)
• イギリスにおける内閣制の発展/立憲君主制との関係/「古き良き国制」
• フランス革命後/混合政体化への長い道のり
• 断絶としてのロック的合理主義/モンテスキュー的混合政体
• アメリカ独立宣言におけるロック問題/合衆国憲法制定におけるモンテスキュー的国制
• アメリカにおける混合政体論/フェデラリストとモンテスキューと合衆国憲法

アメリカ政治制度の植民地的起源
• 「1600年代に入ると・・・植民地に適用されるルールの制定と、総督および総督への助言を行う参議会の任命は特許状を受けた新領主が行う」
• 「しかしこのシステムには重大な問題が残されていた。植民地には警察力も常備軍も存在しなかったのである。」
• 「新領主たちは、植民者たちの服従を確保しうる唯一の方法は、その代表にルール定立に協力させることにより、決定過程への参画を許すことだと速やかにみてとった」
(M.L.ベネディクト『アメリカ憲法史』p.14)
イギリス植民地の統治機構( 概要)
• 総督
  国王から特許状を得た会社や個人が任命(国王による特許状の破棄、国王による総督の任命)~重要な植民地官吏の国王による任命
• 参議会
  少数の有力者からなる総督の諮問機関
• 植民地議会
  1688年の名誉革命以来、本国の下院になぞらえられ、威信が高まる。

国王の利益を代表する総督と
選挙民の代表である議会の対立
(M.L.ベネディクト『アメリカ憲法史』p.15-16)

イギリス本国との関係
• 「一般的には、本国政府は植民地支配にあまり熱心であったとはいえない。」
• 「ただし、二つの領域においては、本国政府は大変積極的であった」
• 「その一つは、戦争である。」
  「アメリカの民兵はイギリス陸軍に編入され、植民地の人々は軍費と軍備の補給に協力した。しかし、この場合でも、その手配は植民地議会が行ったのである。」
• 「もう一つの領域は貿易である。」
(M.L.ベネディクト『アメリカ憲法史』p.17)
本国と植民地における理解のずれ
• 「要するに、イギリス人とアメリカ人は、大英帝国における政府の権能について異なった考えを持っていたのである。」
• イギリス側:イギリス政府が至高の権能を有する。植民地議会に任せるところは任す。
• アメリカ側:自分たちが代表を送っている植民地議会による同意なしにはイギリス議会はアメリカに手を出せない。
(M.L.ベネディクト『アメリカ憲法史』p.17-18)

戦費負担と課税問題での対立
• 1756-1763 年の七年戦争(イギリス&植民地vs. フランス)の戦費負担問題
• 課税問題に発展
• 1765 年印紙税法(印紙不買運動と印紙税法廃止)
• 1767 年タウンゼント諸法( 交易規制による課税、イギリス商品ボイコット運動)
• 1773 年茶法(ボストン茶会事件)
• 1774 年大陸会議召集から独立宣言(1776 年) へ

State における立憲主義
• 1776 年に大陸会議が独立宣言を採択したのに続いて、個々の植民地もイギリスからの独立を宣言した。」
• 「大半の邦(state) は新政府を樹立するための新しい憲法を起草した。」
• 「それらの邦は一つの例外もなく、王政や貴族政ではなしに、共和制を選択した」
(M.L.ベネディクト『アメリカ憲法史』p.27-30)

邦憲法により樹立された政府
• 「おおむね、植民地時代の経験に基づくものであり、大半は知事、司法府、そして二院制をとる立法府により構成」
• 「下院が上院よりも強い権限」
• 「裁判官に対する行政の干渉を避けるため、最大限に司法の独立が保障」
• 「根本法=『 憲法』 すなわち、政府といえども従わなければならない根本的諸原則がある。」「本国との抗争の中で、・・・アメリカ人たちは『 立憲主義』 を信奉するようになった」
(M.L.ベネディクト『アメリカ憲法史』p.29)
• 恣意的政府の排除
立憲主義とは何か?
• 立憲主義とは、「憲法は遵守されなければならないという人々の確信」である
(M.L.ベネディクト『アメリカ憲法史』p.2)

• 立法権と執行権の分離という原則へ~信用創造
(M.L.ベネディクト『アメリカ憲法史』p.1)
共和主義的伝統とロック的断絶
• 「アメリカ革命の思想的背景について・・・・今では、ロックの影響を単純に主張することはできなくなっている。」
(大森雄太郎『アメリカ革命とジョン・ロック』p.3)

• 「革命の『 信念の大きな背景』 となったのは、ロックではなく、植民地人が18 世紀前半のイギリス本国から受け継いだ『 共和主義』 だった。」
(大森雄太郎『アメリカ革命とジョン・ロック』p.4)
共和主義的伝統とロック(1)
• 「第一に、ロックは自然法や自然権といった概念を用い、これらの概念を前提として合理主義的な議論を展開した。
• これに対して『 共和主義』 は、『 古き良き国制』(the Ancient Constitution) という理想的な混合政体がイギリスの過去にあったと想定して、君主政、貴族政、民主政のバランスによって、『 共和国』 の自由が保障されると主張する。
• 合理的思考vs. 歴史的思考
(大森雄太郎『アメリカ革命とジョン・ロック』p.3)

共和主義的伝統とロック(2)
• 「第二に、ロックはいわば商業社会の申し子であって、商業社会に適した個人主義的な権利の主張を展開した。
• これに対して『 共和主義』 は、商業を政治的・道徳的な『 腐敗』(corruption) の元凶とみなした。そして、農業に立脚した独立の市民が、自己の利益をかえりみず、『 公徳心』 をもって『 共和国』 に貢献することを要請する。」
• 「ロックが権利の言語を語ったのに対して、『 共和主義』 は義務の言語を語った」
(大森雄太郎『アメリカ革命とジョン・ロック』p.3)
コモンローの伝統とアメリカ憲法
• 「アメリカの法に・・・・最も大きな影響を与えたのはコモン・ロー、すなわち、・・・・イギリスの裁判所が積み重ね、発展させてきた法準則である。」(M.L.ベネディクト『アメリカ憲法史』p.7-8)

• 「国王と議会の協働」としての主権
(M.L.ベネディクト『アメリカ憲法史』p.25)


コモンローとロック
社会契約説と混合政体論( 「古き良き国制」)

ロック的合理主義とモンテスキュー的国制

ジェファーソン的共和主義( 共和派) とハミルトン的共和主義( 連邦派)
連邦派vs. 共和派
• 連邦派(Federalists) からの共和派(Republicans) の分離
• ハミルトンvs. ジェファーソン/マディソン
• 混合政体( 親英的、貴族政的)vs. 共和国( 自由と平等)
• 秩序ある自由社会( フランス革命後のデモクラシーの過剰)vs. 平等の権利( 独立の自営農民)
(M.L.ベネディクト『アメリカ憲法史』p.41-50)
• 「強力な政府」と「自由」
• 「党派的対立」と「民主主義」

明治憲法をどう評価するか
外見的立憲主義とは何か?
• 混合政体としての明治立憲体制

• 受動的君主(立憲君主制)か能動的君主か
• 内閣制の弱体と元老による補完
• 内閣制不全の立憲君主制としての明治憲法体制

リベラルな議会制民主主義
ファシズム/共産主義

• シュミットの議会制民主主義批判=民主主義の貫徹による議会主義の否定=「公開の場における大衆の喝采を通じた治者と被治者の自同性」=人民意思を代表する指導者

議会制民主主義より民主主義的な体制としての「ファシズム」と「共産主義」 ~ファシズム(民族主義)と共産主義(階級主義)

多元化と分裂の否認、友敵の区別、国民の同質性・均質性の達成
議会主義の危機に対する反動
権力と自由、党派と民主主義
• 強力な政府と民主主義(権力と党派の結合)
• 党派的対立と自由の抑圧(民主主義による自由の抑圧)

• 強力な政府と自由(党派と闘う権力)
• 党派的対立と民主主義(自由と民主主義のバランス)

• 立憲的権力と自由と党派vs. 平等と民主主義
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